ジョンエスアームストロング

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連載小説(夏目漱石)
 しばらく前、A新聞社の連載小説で夏目漱石の「三四郎」を読んだ。
 自慢じゃないが初めて読んだのだ。

 三四郎には自我も与えず、さしたる個性も与えられていない。
 そればかりか、あとひと月もすれば終わるという頃になって、どうにかなるのかと思っていた女性とも、どうともならないまま終わりそうな気配がしてきた。
 いい加減あほらしくなって、さっさと結末を知る方法はないかと     考えた。

 Kindle では、古典のような本は無料で読めることがわかった。

 で、それでさっさと三四郎を読み終わった。
 どうにもならぬと思っていた女性とは、やはりどうともならなかっ   たが、これは流れからいって自然であり、流石に文豪、一貫した書き進め方であった。

 そして、同じく夏目漱石の「それから」の連載が始まった。

 夏目漱石の作品は「坊ちゃん」以外読んだことがなく(「我が輩         は猫で
ある」も読んでない)、「それから」なんて、初めて知ったタイト
ルである。
 最近、A新聞社には愛想がつきかけてきており、今度の連載小説も
小刻みに毎朝読んでいられないと思った。

 で、Kindleで読み始めている。

 そしたら、次のような個所がでてきた。

 平生の自分が如何にして夢に入るかと云ふ問題を解決しやうと
試みた事がある。夜、蒲団へ這入って、好い案排にうとうとし
掛けると、あゝ此処だ、斯うして眠るんだなと思ってはっとする。
すると、其瞬間に眼が冴えて仕舞ふ。しばらくして、又眠りか
けると、又、そら此処だと思ふ。代助は殆んど毎晩の様に此
好奇心に苦しめられて、同じ事を二遍も三遍も繰り返した。

仕舞には自分ながら辟易した。

 信じられん。
 うとうとしかけて「ああ此処だ、こうして眠るんだ」なんて自覚できるものなのか。
 “仕舞には自分ながら辟易した”というところは、漱石自身のことを言っているのではなかろうかと思った。
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