京都は左京区百万遍の知恩寺で開かれた「第47回水石名品展」に、先輩のYさんが出展されたのを見に行きました。 「水石」とは、早い話が姿のいい石のことですが、難しい言葉で書かれたものを引用しますと『一塊の自然石を対象に、観者の詩的想像力を働かせて、さまざまな芸術的感興を味わおうとするもので、換言すれば、その形態、紋様、色彩などから、山水の景趣、あるいは自然界のさまざまな現象などを感じとって楽しむ独特の趣味』ということらしいです。 |
展覧会場のお寺は大本山百萬遍知恩寺と言い、号を「長徳山功徳院」と言うそうです(号ってよく知りませんが)。 かなり有名なお寺なのに大きすぎて目に入らず、その周りを歩いて(人にまで聞くという恥をかき)ようやく辿りつきました。 Yさんは受付をされているということでしたが見当たらず、まずいことに受付に近づいた私はつい署名なぞをしてしまいました。 それも新しいページが開かれたばかりの先頭に。 これは一番避けたかったことですのに。 せめて筆ペンならよかったのですが、ちゃちなサインペンだったので余計に下手に書きました。 筆で書くのはちょびっとですが慣れていたのです(しばらく前までお習字をしておりました。お義理かも知れませんが名前だけは生徒の全員が朱の○をいただいておりましたので)。 石は広いお寺の座敷を2つ使って展示されていました。 難しい顔をして順に眺めていきましたが、どのように眺めたら(はたまた1つにどのぐらい時間をかけたら)石にはうるさい人物という風情がかもし出せるのかが分かりません。 座敷には出品者らしいのが、それこそ石のようにゴロゴロと座っていて石談義をしているので、どの石も一瞥しただけで通り過ぎては申し訳ないと思い、ゆっくりと眺めていきました。 一つずつ見ていくとこれを選んだ出品者の思い入れが伝わってくるようなのがあります。 カッパに見えるもの、ゾウの風格があるもの、十二単のお姫様に見えるもの(紫式部のつもりらしい説明がつけられていました)、フクロウのイメージのものなど、何かに似ているなと思いながら見ていくと結構楽しいです。 Yさんの名前が添えられた出品があったので、特にしっかり眺めます。 高い山と少し低い山が繋がったような姿の濃い色の石で、高いほうの山には白い霞のような模様が二つ縦に入っています。 これで大丈夫。後日Yさんに会ったときにしっかりコメントができます。 Yさんに会えなかったのが残念だなと思いながら、ついでだから他の座敷も拝見し、受付のほうへ帰っていくとYさんが廊下の長椅子の一つに座って誰かと話してました。 ここには灰皿があったからですね。 Yさんの話が面白いので、かなり長いこと話し込んでしまいました。 シルクロードの旅の話も面白く、ペットボトルの水だけを飲んでいても下痢はするし、砂漠中がトイレで、街にあるひどい施設よりよほど綺麗で誰にも見られないなど。 私は正直に石の良さが分からないと言いましたが、それでもあの部屋に入ってすぐ右にあった石はいいと思いましたと言うと「そうあれはいい 。やはり誰が見てもいいものはいいんだよ」と言いました。 Yさんは化学屋です。 少々せっかちの性格なので(と言い)石を磨くのに塩酸を使って失敗した(威勢良く泡が出て楽だったが、化学変化でせっかくの色合いが台無しになった)とか、サンドペーパーの目の粗いのを使って、きめが荒れてしまったとか。 話しているうちに私よりも少し若いと思われる人もそばに来て、外国で石を探していたときに石を理解するフランス人がいたのに感心したとか、せっかく選んだ石を持ち帰ってはいけないと思って殆どをホテルに置いたままにしてきたが、空港ではなにも咎められず惜しいことをしたとか言いました。 この人(Sさん)は石を愛でる人にはめずらしく痩せ型のおとなしい人でした(石好きは体格のいい人が多いと思いました。石は重くて石談義の声も大きい)。 受付でもらった出品目録には「銘」のつけられたのがあって、本当は眼識のある有名な方につけてもらうらしいのですが、今日のはだいたいが自分でつけたみたいだねとYさんが言います。 私はつい動物などに見立てたりしていたのですが、その通りの「銘」が書かれているのがかなりあります。 目録でSさんは2つ出品していることが分かったので(銘は添えられてなかった)、もしかしたらどれだったか言い当てられるかもと思い「何かに似てると思った石が多いですね。例えばトトロのようなのがありましたよね」と言い始めると、Sさんは目を輝かせて「それは私の石です」と言いました。 そして「帰ってから、私と同じようにトトロだと思ってくれた人がいたと話せます」と喜んでいました。 |
1時間半ぐらいYさんSさんと話したあと、お寺の中を拝見し、周りの風景も眺めてきました。 木の実が庭にたくさん落ちていて秋の深まりの早さを感じます。 |